自己啓発やってみた

海外に住んでます。ワクワクとバランスとまったりと

【やらないこと、いらないものを捨てよう】無理に頑張るはしんどい

言いたい事もいえないこんな世の中はポイズン!

のむーるです。

 

会社の都合で部署異動&転勤(海外!?)の危機です。

衝撃が大きすぎますが、いろいろと考えることありますよね。

 

 

人生は有限 

 大学生の時は30歳になる日は来ないと思っていたんですが、時間が経つのが早すぎて焦る。待望の土曜日が来たと思って、ダラダラしてたら、もう午後2時だし。。。なんてこともある。

 

30歳になると、人生って有限だと実感させられます。

 

 …ね、年取るにつれて時間経つの早いから、40や50もリアルですよ。射程圏内って感じ。

 

特に最近将来どうするか考えるけど、どうなりたい(希望)と、どうなりたくない(拒否)ってありますよ。

どうなりたいかは考えるのが難しくても、どうなりたくないかはすぐ出てくる人は多いんでないかな

 

例えば、

・転勤したくない

・終電まで残業したくない

・ずっと独身は寂しい

・ノルマきつすぎるのはちょっと

・人間関係もいいほうが良い

・やりがいない仕事はツライ

・そうは言っても安定していて給料もらえないとツライ。。。

 

これ全部私のことなんですけどね笑

我ながら多い。すごく多い。でも本音だから仕方ない。

 

起業してお金持ちとか、世界を変える取り組みしたいとかそんな大きな希望を持つことがいいみたいな空気出してくるやつもいるけど、それだけじゃねえだろって思う。

 

・生まれた町でずっと暮らしたい

・家族の時間大事にしたい

・休みの日には仲間とレジャーがしたい

 

ささやかに見えるもの、大きな声で言うのが実は恥ずかしいものが自分にとって一番大切だってことはある。

それをスケールが小さいとかしょぼいとか自分で思って蓋をするからどうしたらいいか分からんとかになる。

それを大事にするだけでいいんじゃねえかって最近特に思う。

 

だってね、想像してみて欲しいけれど、

 

・給料はそんなに多くないけど、

・ある程度安定した会社で

・人間関係も良く

・パワハラとかアルハラするクソ上司もいない

・そんなに遅くまで働く必要もない

・毎週水曜は定時退社の日だから仲間とバトミントン

・家に帰れば奥さん

・楽しくご飯食べる

・次の3連休の旅行計画を立てよう

・正月は実家に帰って田舎生活満喫

・たまには親と一緒に温泉行って親孝行しよう

 

いいよね。すごくいい。公務員とかはこんな感じなんかな?

 

30歳の目標としてすごくリアル。

 

そうなると、「大きな目標作って頑張る」というよりは、「不要なものを捨てていく⇒自然にたどり着く」というほうが現実味ある。

 

やらないこと、いらない感情はどんどん捨てる

 

人生の悩みはおよそ「仕事、お金、人間関係、健康」に集約される。

残業多すぎやってられないだったら仕事だよね。頭に浮かぶいらないものをどんどん消せればいい。

・仕事…残業多すぎ、つまらん

・お金…給料割に合わない

・人間関係…親しい友達いない

・健康…最近太った、風邪引きやすい

 

こんな感じの人だったら、部署異動して何かのスポーツサークル入れば解決しそう。(理論上はね)不満のない生活ができたらすごい。

 

この世の中にはスペースの法則が働いている。

 

これは空間は常に埋まるように働くというもので、例えばいつもTVを3時間見ている人がいるとする。

時間がもったいないからと1時間に減らしてみるとどうなるか。

何もしないではなく、スマホしたり本を読んだり、空いた時間でまた何かしている(自然に埋まる)というもの。(

何もしない=ぼぉ~とするというのもまた1つの行動と見なせる)

 

前置き長くなったが、

捨てるだけで気付いたら自分にとって望ましい環境に近づくということ

人間関係とか部屋の荷物とか、時間の使い方とか、借金とか、考え方とかまで入れると対象は多い。

この辺は嫌われる勇気とも本質的には近いことを言っていると思う。必要なものだけ残してそれ以外は捨てたほうがいいよね。

 

それでも何か足りないことや満たされないものがあれば、それはより高い次元の話だから改めてどうしたいか考えれる段階だと思う。

そういう人は今が安定していて、目指すべきものができてある意味で羨ましい。なんたって明日食べるものがなくて不安とかじゃないもんね。

 

自己啓発界隈では無理矢理理想作ったり、危機感煽るいい方する人いるけど、土台が安定してないとチャレンジする気持ちや余裕なくなるよね。

 

理想とか目標とか作るのしんどい、良く分からんって人は

やりたくないことをあらゆる段階で捨てていくのが結果的に早く幸せに近づくと思う(女の人とか特に)

 

おわり

やりたい仕事がすぐ変わるのは仕方ない

良く聞く話

なんだろう。転職したことある人とか、1週間ごとに夢が変わる人とか結構多い気がする

周りで聞いているとしっかりしろと思うのだが、いざ自分が当事者になると案外こういう事例は多い。

例えば、
・起業したいと言ってベンチャーで働いていたくせに結婚すると公務員に転職したい
・これからはWebマーケティング業界が熱いから就職するとか言ってたくせに、残業多いと分かるとホワイトな企業を目指す
・転職できた会社で最初は給料低くても良いと言ってたくせに、1年経つと文句言す

一般的に仕事に求めるもの

一般的には、若いうちほど給与とかやりがい、年をとるにつれて安定性や自分の時間が大切になってくる。

考えてみると、結婚して家族を持ち、40歳も過ぎれば、失敗から立ち直ることも難しくなるし、周りへの影響も大きくなる。
優先順位は当然変わるのだ。

これらを考えると、ライフイベント(結婚、出産、介護、病気など)や年齢といったものを踏まえて仕事に求めることは変わっていくのだ。(やりたいことを敢えて仕事と言っているが、仕事と自己実現(やりがい)を重ねている人は多いと思う)

そう考えると、どんなことがあってもやりたいことをやるという覚悟がある人間以外は、やりたいことをやるための環境や条件(働く場所、時間、待遇、一緒にやる人など)によって、考えが変わってしまうのだ。

ブラック企業なんか正にこれで、希望とかやりがいを求めて入社した社員が残業時間多すぎとかパワハラがひどいとかで最悪自殺してしまう。
電通自殺とかもそうだけど、世の中で一流と言われる大企業で、自尊心や将来性もあり、ある程度覚悟や現状を知ったうえで働いてもこうなんだから、そうでないケースなどは押して知るべしだろう。

選択はバランスで決まる

ソースという本にこの辺は書いてあるんだけど、生活は様々な要素で構成されているのだから、なんだかんだそれらのバランスで決まるという人が多いんでしょう。

仕事のやりがい、待遇、通勤時間、友達、家族、健康、趣味、余暇の時間、住居など人生を構成する要素のそれぞれに1~10点をつけたときに、自分の満足点が取れていれば現状に満足できるはず。このバランスは人それぞれですが、現状に不満がある人は全体のバランスかある項目が低い数値となります。

そうなると、どのようなバランスが良いかが分かれば、最高とは言わないまでも、ベターな生活にはなるはず。人によってはまぁまぁとか、仕事を続けているような段階。

それぞれのケースと内容、処方箋

そろそろ本題へ。やりたいことが変わってしまう原因は以下の3つに集約されると思う。

1.単純に仕事に興味がなくなった
2.以前良いと思っていたバランスが変わった
3.自分にとって生活の各項目の最適なバランスが分からない

1.単純に仕事に興味がなくなった

これって、もう仕方がないとしか言いようがない。
頑張らずに成果が出ないままの飽き症の人はどうしたもんかと思うが、
・仕事のマイナス面を知った(例:教師にあこがれた人がモンスターペアレントの酷さにショックを受けた)
・あまりにも不向きと気付いた(例:人と話すのが好きなのに、システム開発になった)
とかは仕事を変えることを考えてみてもいいかもしれない。

・仕事をやりきってステップアップする意味でやりたいこと出来た
これはいい例だと思う(例:コンサルとして働いたが、外部からではなく事業会社で内部から働きたい)

処方箋:

一度しかない人生、やりたいことしなくても後悔、やって失敗しても後悔。条件面を比較して、よく分からなければやった後悔(失敗する前提ではないけれど)を選んだほうが良いんでないかな。

やりがいで悩む人はそういうタイプが多いので。


2.以前良いと思っていたバランスが変わった

出産を機に激務コンサルから、伸び伸びワークライフバランス企業に入って子供と過ごす時間を増やしたいとか正にこれですね。

やっとここまで話が進みましたが、こればっかりは仕方ないですよね。子育てするのに激務とか薄給は現実的に厳しいんで。これをきっかけに職種異動とか異動を真剣に悩む人はたくさんいらっしゃるでしょう。何回も言いますがこれは仕方ない。

処方箋:

ここで悩む人は理性的でしっかり将来も考える人だと思います。それぞれの選択のプラスやマイナスを書き出して、5年、10年、20年先を描いてみては。人材会社などにも相談してみれば、前には進みます。

それをやれば、大切にしていることが何かは分かるので、大きく外す選択はないです。

3.自分にとって生活の各項目の最適なバランスが分からない

何をどうすればいいか悶々としている人ですね。そこまで残業したくないけど給料は欲しかったり、仕事でも良い点と悪い点を優劣つけれなかったり(例:人材会社のキャリアコンサルは仕事を探す人のためになってやりがいあるけど、求人者面接は夜遅くまであるのが厳しいなど)

一言では優先順位をつけましょうという話なんですが、それができないから困っているんだよ!!という感じですね。

処方箋:

これはやっかりですね。実は自分の価値観や内面とかって、考えても分からない可能性は全然ありますよね。性格によりますけど、そんなに焦っていないのであれば家族の意見大切にした方がいいです。焦って決めてもどうにもならない。

それでもどうしようもなく悶々とするのであれば憧れる人に会う機会作ってみましょう。現状飛び越えて理想見えれば新しい発見あります(上記2はやってもいいけどピンと来ない人が多いよね。たぶん)


まとめ

転職や退職、起業など不可逆性があることを決める場合は、現状整理したほうが賢い。(紙に書くとか、人材会社とか)

それでも分からなければ直感!!

現状を変えないのも立派な選択ですよね。



おわり

自己啓発しているからって聖人君子でいる必要はありません!!

出社する前から帰りたいんだよ!

のむーるです。

 

なんというかどん底な状況に突入してから久し振りにブレイクスルーがあってここに書きたくなりました。

自己啓発やっていると、知らず知らずのうちに、聖人君子になっていくんですよね。

ある意味どM補正をかけて物事を認識するようになってしまうんですよ。

 

ツラいことがあった時→これは何かの転機だ。成長のチャンスだ。

ひどいことをされた時→自分を写す鏡だ。自分から直そう。

文句をいいたい時  →恨みつらみを言うのはよくない。相手の幸せを祈ろう

 

……

………

…………

……………

ふざっけんなよ!!!( #`Д´)=○)゚3゚)・

マジ調子のんな!!コノヤローが!!!(c=(c=(c=(c=(゚ロ゚;c=!! 

 

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いやー上海で駐在してね、部署責任者として頑張って来たんですよ。それがね、全く何もしていない人となってるんですよ。で、現地化という理由で降格させられ、全く働かない社歴長い人間を後任に据えると。挙げ句の果てにジョブローテーションという理由でベトナムとかに転勤なりそうなんですよ。

 

マジで不条理が過ぎると思うんですよ。くそったれですよ。特に改善や注意もなく、ある日突然ですからね。

確かに若造ですし出来ていない点も多いですけどね、いなけりゃもっとダメダメだったのに、後任の選び方もどうなってんねんと。いなけりゃもっと出来てなかったぞと。僕は人事ですけど、成果とかどうやって測っているんだよと。

 

離職率も下げたし、無駄経費削減したし、管理職促進の取り組みとか入れたでと。

もう何というかね、上の指示がないのに自発的にやってこれだとね、もうなんというかお手上げ。諦めも作って感じですよ。

 

壮大なグチがありましたけどね、人種も違う中国で自己啓発を活かして信頼関係や成果出してきましたけど、全部自分が悪いことばかりでもないだろって思います。

 

交通事故みたいなこともありますよね。

でね、ようやく話戻るんですけど、会社ばかりが人生ではないわけですよ。僕は仕事にやりがい求めたいですけど、9時5時上がりでプライベートを楽しむのもすごく良いですよね。

 

だからね、今の会社では出社して席に座って給料もらうこと。最低限の仕事をすることに取り組みますよ。あいた時間で履歴書とか書きますよ!!

 

頑張っても報われないばかりか、あまりにもひどい仕打ちをする会社にはこちらから三行半ですわ!!!

 

出社する前から帰りたいんだよ!!!

思考を妨げない(スマホってあんま良くないよね)

わざわざブログにするまでもないと思ったのだけれど、個人的にすごい発見だったので書くことにした。

みんなスマホ触りすぎじゃない?
電車の中、歩行中、話し中、みんなスマホ見てるよね。以前、山登りをして頂上で聞いたんだけど、他の山の画像を調べてそこよりもキレイとかなんとか言ってた。、、、意味なくない?それ。

ぼぉーとすることの利点
細かいことは分からないけど、どうやら人間には、週に半日や一日はぼぉーとする時間が必要らしい。

この間に情報や考えを整理してくれるらしい。
こんな経験はないだろうか。なにか解決すべき課題や仕事の企画を考えたが、何も思い浮かばない。何日か後に、たまたま自宅の帰り道で突然ひらめく。

つまり、脳みそが無意識化で、解決策を考え、外部のデータを取り込んだり、情報がまとまった時点で意識化に上げているのだ。

ランニングやヨガ、自然散策でも何でもいいのだが、情報過多の時代の僕らは、意識的にぼぉーとしなければならんのです。

〈実録〉自己啓発を勉強した人間が人生変えるまで〜その2〜メンターは大事の巻

いやーメンター大事ですね。しみじみ思いましたよ。
知ってる人にとっては今更過ぎる話なんだけど、望む人生にいけてない人ほどこのことを分かってない。(僕もそうなので自戒を込めてこのテーマにします)

メンターとは?
今更ですが、メンターって分かりますかね?
一言で言えば師匠です。あなたの憧れる世界を生きている先輩です。


メンターなんで大事?
もう核心に入りますが、このままの生活を5年続けて理想の生活を手に入れたり、幸せになれると本気で思いますか?

すげー羨ましい生活手に入れられると思いますか?って話ですね。


多くの人が望む生活を目指す際のやり方

自己啓発の世界でよく言われるのは、
現在地を知ったうえで、目的地と行き方を決めましょうということ。

旅行に例えると、いま東京にいて、沖縄に行くと決めたら、飛行機か船か泳ぐかを決めるという感じ。
沖縄に行きたくても、北海道にいるのか、東京にいるのか、鹿児島にいるかで行き方変わりますよね。

これを人生に例えると、難易度上がりますよね。
例えばこんな人がいるとする。

・現在地
一人暮らしの会社員、独身28歳、営業職
・目標
ネット起業して、悠々自適の生活する
・手段
週末起業(仕事以外の時間で自習や作業し、軌道に乗ったら専業へ)

できると思いますか?



、、、分かりませんね。笑
うまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。


望む生活を楽に、確実に手に入れるには?

この視点でやるとしたらどうでしょう。
シンプルにやるなら、既に自分の憧れる生活をしている人に教えてもらうのが早いですよね。

上の例でいくと、専門技術の習得はもちろん大事なんだけど、心のあり方も大切ですよね。

成功者の伝記見ると、考え方ばっかりですよね。専門技術が大切と書いている人は一人もいない(当たり前なんでしょうけどね)

その意味で付き人っていいと思いますよ。(分かりますかね?)これは何かすごい人に秘書みたいについていて、身の回りの世話や車の送り迎えする人です。カバン持ちと言ったりもします。
すごい人に毎日毎日一緒にいていろんな話したり、行動見れるわけだから、自然と考え方染み込みますよね。

芸能人でいうと、バナナマンの設楽さんとか正にこれ。渡辺正行さんという昔活躍したお笑い芸人さんがいて、その人の付き人してましたよね。
本人の努力やセンス、コネとかも当然ありますが、身近で勉強になるものは非常に多かったはず。


メンターと出会うには、関係を継続するには
すごい人の本とか読むと自然に会えるとか書いてあるけど、そんな訳ないですね。

友達や知人の紹介、セミナー、勉強会、異業種交流会、ネットで探すなどなど、自分で探すしかないでしょうね。

メンターに出会えたら、関係維持するほうが大切ですね。成功するまで教えてもらわないといけないですからね。そのためには、メンターと同じ信条や信念、志を保たないといられなくなります。表現難しいですが、考えや思いが違う人間は離れ離れになるということ(大学の同期と頻繁に会うのも卒業数年程度で、話も合わなくなるのはこれです)
一緒にいられる自分でい続けること。初心忘れないってことでしょうね。

結局のところ
なりたい目標決めて、他のことに目移りせず、一歩一歩やり続けるしかないんでしょうね。
そんな姿を見れば、メンターの方も応援し続けてくれるでしょう。


僕もメンターとして教えて下さる方いますが、飽きっぽくてメンタル弱いんで、なんとかついて行けるように頑張ってるところです。

先輩に可愛がられる自分でいたい

なんかね、いつの頃からか気づいていたんだけど、やっぱりそうなんだよね。

僕は年上(40歳から70歳まで)に妙に可愛がられることがあるんですよ。

今の会社で一番信頼して腹割って本音で話せるのも御年63歳の先輩なんですよ。

 

高校の部活の時も、ソフトテニスしてたんですけど、よく先輩にイジられてました。無駄に厳しくされたり(いじめじゃないよ)、丁寧に教えてもらえたり。

 

僕にとっては普通のことなんですけど、どうやら周りから見るとちょっと変らしい。

ありがたい話なんですけど、ちょっとこの辺を考察してみたい。

 

可愛がられる方法を考えてみた

なんでかなあと考えたんですけどね、自分が可愛がる年下を考えてみるとこんな感じ。

1.頼りない、心配、放っておけない

2.見所があるけど、才能を活かせてない、見ていてもどかしい

3.単純に気が合う

 

2だったら嬉しいなあ。でも1なんかなあとも思います。

僕自身、次男なので甘えたがりなのは確かにあるんですよ。でもね、お笑い芸人とかでもイジられ役の人あっても誰にでもイジられたい訳じゃないはずなんです。そう、イジる人を選びたいって願望はあるはずなんですよ。(Mだけどイジらせてやっているから精神的にSという理論)

 

可愛がられたい先輩の条件

僕もこのイジらせる人は選びたい派なんです。

あくまで尊敬している、憧れる人じゃないと仲良くなりたくないんですよね。

まとめてみるとこんな感じ。

1.生き方に信念がある

2.成果を出している、何かを乗り越えた

3.こちらを正当に扱ってくれる

 

おまえなんでそんなに偉そうなんだよ!?というツッコミは置いておいて、実際そうなんです。泉ピン子がダウンタウンの浜ちゃんにだけ頭はたかれて喜ぶみたいなね。

 

続)可愛がられる方法を考えてみた

なんか漏れている気がしてもっと考えてみました。

 

そしたら時間に行き着きました。時間は誰にでも平等で不可逆だから、つまり時間を誰かに使うことは自分の命を使うことと同じですよね。だから相手を選びますよね。

社会的に地位が高かったり、経済的に成功している人は特にそうだと思います。

 

ある程度の年齢になると、プライベートで付き合う人間は選んでいるのはこういうところから来てると思うと納得ですね。一緒にいて気持ちのいい人、楽しくなる人を選んでいると。経済的に利益がある人はビジネスのつきあいだけで十分ですよね。

 

やっぱり、こいつになら力を貸してもいいと思ってもらえることが大事なんですよね。

 

自分のことを振り返ってみると、相手のことを信頼していることが前提にあって、

そのうえで頼る(甘える)ことでしょうね。

 

これ最強です。人間は誰かのためになることが嬉しくてやりがいになるようにインプットされています。

 

もちろん、ただ人に頼るだけの人間だと可愛がられないと思いますが。

 

いいご縁やチャンスは自分以外の誰かが運んでくれるものですよね。これを運というんですね。いろんないいものが運ばれる自分でいたいものですね。

 

 

 

人間万事塞翁が馬

いやー馬ですね。

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何のことって、今日のテーマです。

 

「人間万事塞翁が馬」って知ってますか?

後の部分に関わるので簡単に解説します。

 

~解説~

中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。
さらに北には胡という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。

ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。
この辺りの地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ」

そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。

「このことが災いにならないとも限らないよ」

しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ」

1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で死んでしまいました。
しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。

 

つまり「福から禍(わざわい)へ、また禍(わざわい)から福へと物事がどう変わるかは分からない。禍福というのは予測できない」ということです。

ちなみに「塞翁」というのは、城塞に住んでいる「翁(おきな)=老人」という意味です。

 

思い当たる事はありますよね?

誰にでもあるはず。

・家が貧乏だったから人一倍頑張って金持ちになった

・ダイエットのためにスポーツ始めたら彼氏と出会った

とかね。

 

結果オーライは大体これですね。

 

自分に当てはめてみると

ちょうど仕事干されそうになっていて、不可抗力な感じもあり落ち込んでいたんです。ただ、そもそも今の職種はツラいと考えていたし、生き方も変えたいと思ってたので、ある意味では人生変える機会がきたと思ったんですよ。

負けず嫌いとか現実見てないとか言われればそれまでなんだけど、来るべき時が来たかという感じがしてます。

 

日常生活での使い方

座右の銘は人それぞれだけど、これは人気ある言葉だと思います。

絶望した時、決断する時、自分を戒める時、思い出すと人生スムーズにいくのではないだろうか。

 

これは人生観によるのだけど、諸行無常、盛者必衰、満ちるから欠けるというように、成功と失敗は表裏一体であり、境界も曖昧なものとして僕は認識している。

良いことも悪いこともあるのだけど、考えや立場、ゴールによって同じ結果でも認識が異なってくる。

 

偉そうに語ってみたけれど、後になってからしか分からないことが案外人生は多い。不幸や絶望の渦中にいる人には気休めにもならないのは重々承知している。(確かに絶望している時に事情を知らない第三者が大丈夫とか言ってきたら殴りたくなる)

 

うまく伝えられないが、僕が初めてこの言葉を知ったときには、世の中の物事には多面性があり、プラス100でマイナス0なんて都合の良い事はあり得ず、それ故に世の中はフェアと腹に落ちた。なんかこの世界を信じてみてもいいと思ったのだ。

 

環境の変化とともにこんなことを思い出した夜でした。

 

おわり