自己啓発やってみた

人生は暇つぶし。楽しく生きよう

上海駐在。奥様は中国人。遊びも家族も大切に。

ブラック企業判定はその人次第(新卒で田舎に配属された話)

「定時が5時なんて都市伝説だろ!?」

 

以前はそんなこと思ってました。

 

ブラック会社がどんなものかは個人の価値観によると思っています。

給料高くて激務のが激務という人もいれば、給料安いからとか。

 

これは僕の経験談ですが、当時の僕には間違いなくブラック企業でした。

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新卒で配属されたのは、田舎の工場

僕は新卒で製造業の会社へ入社し、初任配属が工場勤務となりました。

ぎりぎり東京通勤圏内の田舎で、車がないと生活できない場所です。

 

初めて出社したときは、そのまま帰りたくなりました。

駅からタクシーで、山の中へ20分程度行ったところに工場があったんですよ。

 

工場につくと、大半がおじさんおばさん。

これからここで働くかと思うとなぜか悲しくなりました。

有休は病欠用だと思っていた

 

当時は9時出社で早くて21時帰りでした。

ピーク時は月間120時間以上

夜も24時まで、隔週で土曜日出勤

 

有休は免許証更新した1日と胃腸炎の3日(2年半でね)

 

 

有休ってくせもので、自己申告させますよね。

仕事終わってないと申請出せないですし、上司の雰囲気的に無理でした。

 

いつまでも残業できる環境

田舎なので自動車通勤していたんですが、これが残業に拍車をかけました。

自動車の悪いところって、いつでも帰れることなんですよ。

だから早く帰ろうというプレッシャーが働かない。

 

うえがそういう感じなので、下っ端も当然のように残業でした。

 

僕は人事だったので残業時間管理もしていましたが、

残業管理で残業をする滑稽さ。

しかも開発や現場は残業代全額支給なのに、人事は20時間まで。

 

社会の矛盾を感じました。

2人の先輩が濃すぎる

工場で人事総務をしていたのですが、

僕に仕事を振っていたのが、直属の上司と他の先輩の2人でした。

 

この2人が濃い人たちでした。

そして彼らから次から次に仕事が振ってきましたが、常に仕事が溢れていました。 

承認が取れない無限ループ

2人のうちの1人を偏屈先輩とします。

この先輩がやっかいで生産性が全くありませんでした。

 

田舎の工場だと福利厚生の一環として、いろんな催しをします。

僕とこの先輩で祭りや社会貢献活動などをやっていたのですが、

残業製造装置と化していました。

 

というのも、日系企業は最終承認までに何人もいますよね。

酷いときになると、先輩、課長、上司で意見が違うんですよ。

つまり、承認もらえない地獄ループになるんです。

 

先輩と打ち合わせ

⇒先輩指示で資料作成

⇒課長へ相談

⇒課長意見で修正

⇒部長却下

⇒やり直し

(最初へもどる)

 

金曜22時から会議をして、朝の4時まで残業したこともあります。

このループに何の意味があるのか分かりませんでした。

 

そして、この先輩は工場内で嫌われていました。

指示どおりしてうまくいかないと投げ出したり、

言っていることに整合性がなかったり、

提案しても偉い人の意見以外は却下したり。

 

当然、僕への扱いも下っ端扱いで、そのくせ言うこともよく分からない人でした。

 

こういう祭りとかのレクリエーションって、各部門から実行委員集めてやるんですが、

会議は『各部門からのクレームの場』でしたね。

それを先輩が意味不明な理屈で返してますますカオスでした。 

 

極めつけは残業が正義の考え方。

資料を提出すると、内容確認する前に言われました。

「どれくらいやったの?」と。

意味が分からないでいると、「おれは休みの日もやってるけど」だそうです。

 

休日出勤して説教くらうことも何度もありました。

 

社会人経験と能力は一致しないと知りました。

上司のあだ名は鬼軍曹

 直属の上司は鬼軍曹でした。 

 

何をしても上司に怒られました。

「仕事が遅い、ミスがある、企画が浅い」

 

フォローじゃないけど、この上司はくそほど怒りますが、面倒見は良かった。

ちょくちょくご飯おごってくれたんでね。

 

でも、優しいときと怒るときのギャップが大きすぎて、本当に怖かった。

怒られると体が硬直したようになって、何も考えられませんでした。

 

声がでかい、威圧的、短気。

毎日毎日、他部署にも響き渡る大声で怒られました。

 

トイレで隠れて泣いたり、喫煙所で泣いたり。

泣きすぎて他の部署に目撃されました。

泣いていることが噂になっているようでした。

 

彼女に振られる

 

田舎の工場に転勤したので、遠距離恋愛でした。

向こうは年下の学生でやりたいこともたくさんあって。

僕は精神が不安定でちょっとしたことでつらくあたってしまう。

 

何度か仲直りしましたが、結局そんな関係に疲れてしまったと言われました。

 

白米を食べながら号泣する

 

たまたま早く帰れた日に家でご飯を食べました。

白米しかなかったのですが、外出が面倒で白米だけ食べました。

 

ふとテレビをつけると、お笑いをやっていました。

ゴールデン番組を見たのは久しぶりで、楽しそうに笑う芸人さんを見ていたら、嗚咽していました。

 

仕事もつらい

彼女にも振られる

親しい人もいない

 

生きていて何も楽しくありませんでした。

学生時代の気楽な毎日が戻ってこないと思うと消えたくなりました。

 

精神科を受診

この頃になると、2週間~1ヶ月おきに発熱しました。

体がだるくて、笑うと胸が苦しくなりました。

ずっと頭がぼぉっとしていて、どこか遠くに行きたかった。

 

健康診断の際に、産業医の先生に病院受診を進められました。

結果は、腎陰虚という病気でした。

一般的ではない病名ですが、免疫力低下や自律神経が衰弱する症状です。

 

薬を飲んでも頭にもやがかかった状態は改善されず、精神科も受診するように言われました。

結果は、『他の病院であればうつ病と判断するかもしれないが、様子を見よう』とのことでした。

 

無駄に強い自分のメンタルが嫌になりました。

結局2年半で辞めました

その後も自分から会社辞めるとはなかなか言えず、毎日を堪えました。 

運よく転勤の内示が出たタイミングで、辞令を断り辞めました。

 

ほっとしたことを覚えています。